かたり・三味線教授いたします。
稽古場:千年文庫 八王子市戸吹町332-6
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渦41、波高し

やっぱり、今回もまた苦い思いを噛み締める「渦」でありました。芸の道は、一目瞭然でありますから、仕方のないことでありますが、特に本日の「伝渦」のメンツの恐ろしいことといったらありません。どうして、この日に、並ばされるのか・・・やばいと思っておりましたが、本当に肝つぶされました。皆さん、面白すぎて、久しぶりに、本当に笑いました。それで、もう、自分の芸どころではなくなってしまったわけです。

バロンさんのウクレレとタップダンス。それにうっとりしていると、ヘルシー松田さんがパントマイム。風船が押しても引いても動かない。はあ、見事。

浪曲が私の前。あーあ・・・奈々福さんと美舟さんでばっさりと「百人一首」を語って、よっ、名調子。その後に、たじたじと、八太夫が、せいぜい法螺ふくしかありませんが、微力ながら「小栗判官」を勤めますが、

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太刀打ちならず・・・その上、活動弁士坂本頼光さんの、抱腹絶倒アニメ「さざざさん」・・・あああ、「伝渦」は、これだけでもよかったかも。出演したというより、笑いにいったという一日。ありがとうございました。またまた、勉強させていただきました。

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ピンチヒッター背番号8番 渡部八太夫

自分の舞台は、死んだとき以外は、絶対に穴をあけない。と誓っている。私の芸道がその穴からのスタートだったからだ。そして、人の空けた穴は、率先して埋める。これが、案外に芸の足しになる。なぜなら、多分、その穴は、既存のものでは、なかなか埋まらないからだ。なにがしかの工夫が必要となる。否応なしに、必要は発明の母とか。

 この頃、書き留めておいた、石牟礼道子さんの「苦海浄土」の一節や、アルテリに掲載されていた彼女の詩「夕焼」に感動して、節付けしておいたのものが、期せずして役に立った。控えの選手がいきなり起用されるようなかんじ。そして、改曲しておいた谺雄二氏の「死ぬふりだけでやめとけや」、なんとなく予感がしていて、いじっておいた。

 しかし、それらの作品が、どうして、一コマ受業に必要なのだろうと不思議だった。これらの作品が、私の身の回りに登場してきたのは、この4年間のことで、それ以前は、なんにも知らなかった私であるから、駆り出された大学の教室で、学生たちの無反応さを見ても驚くには値しない。私も、ちょっと前までは、そっち側だ。

 一見、無関係に思える作品が、「植民地」という体制を通して見事に、明らかにつながっていく。それが、特別講師「姜信子」の手腕。題して、特別講義「われら植民地の民と近代」、これもまた、穴故の産物。めでたし、めでたし。

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一橋大学 イ・ヨンスク先生(右)と、特別講師姜信子(左)

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写真は、水俣の半永一光氏。「苦海浄土」より「九竜権現さま」を語る。

姜 信子『現代説経集』(ぷねうま舎)刊行記念イベント「旅するカタリ」

 何が、どうなるかは、その時にならないと、分かりません。確かなことは、何かアナーキーな企てが始まるということだけです。何が、降りてくるのかは、私たちにも・・・

6月2日、西荻窪に妖しい空気が漂う。

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twitter.com

現代説経集 姜信子

今月、4月の下旬には、ぷねうま舎から、姜信子の著作が出版される。

 

「現代説経集」

 

日本は、明治以降、ずっとへんてこりんな狂った世界だ。江戸時代より以前が、諸手を挙げてとっても良い世界だったと思っているわけではないが、どっちが人間的に暮らせたのだろうかと思う。明治政府ご登場以降にでっち上げられてきたことどもが、150年たって腐敗臭にまみれている。今、説経という語りに力があるとすれば、権力に隠蔽されてしまったものを掘り起こし、都合の悪い事を顕わにできるだろう。今の世の中、変すぎるんじゃないですかと。これもですか。あれもですか。私ら、すっかり騙されておりました。説経語りより、騙りがお上手です。

 

そんなことは、ついこの間まで、考えてもみなかった。遠い昔に亡びた芸能になにができようか。私にできることは、せいぜい、干からびてミイラ化してしまった説経の骸骨をカタカタと動かして見せることぐらいだろう。そうすれば、現代人も少しは驚くだろうぐらいなことだ。

 

踊り念仏。世直し。ええじゃないか。

今は、昔・・・だが

その昔は、今の世の中、変・・・だったわけだ。

 

どうも、説経祭文がたりが、ひと働き、せねばならんかな。

そんな風に、仕向けるあぶない本。

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絵:坂本大三郎 

 

 

また、下北沢で法螺貝が鳴る 渦41

渦40で冷や汗かいたのに、また懲りずに、渦41に参加。5月3日(木)昼の部13:00から。連休初日は、下北沢の「しもきた空間リバティ」までおいでください。今度は、浪曲玉川奈々福さんと一緒です。演目は・・・鋭意制作中・・・

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久しぶりの授業 浄瑠璃モチモチの木

学校に招かれて、説経祭文や浄瑠璃を演ずるということは、時々あるけれど、授業というのは久しぶりだ。演ずるのは、一方通行的なところだが、授業はそういうわけにはいかないので、それなりに手管がいる。特に小学校は難しいと、いろいろ、悩んで考え抜いたつもりだったが、結局は、子供達の顔を見たら、自然と言葉が浮かんできた。

「じょうるりというのは、国語と音楽が一緒になったようもんです。」「ここに並んでいるのは、お葬式の道具では無く、楽器です。南無南無、ちーーん」

もう、本職ではないので、こんな説明で、いいのかどうかは、さておいて、今日の主眼は、物語に節を付けたり、囃子をつけたりして遊ぶことなのである。といっても、題材をどうするか・・・と悩んでいると、隣で、「教科書に何が載ってるの、モチモチの木とかあるじゃない。」という人がいる。おお、なるほど、流石。というわけで、子供達がようく知っているこのお話を、題材として、節を付けることに。

さて、長引きやすい説明・実演はなんとか前半で終えて、後半は、たっぷり実習をすることができました。音楽の原田先生を初め、担任の先生方にもサポートいただき、無事につとめることができました。楽しかったです。

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随分久しぶりの授業

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初めての浄瑠璃モチモチの木に聞き入る子供達。ちゃんと目が合う子供達でした。

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実習風景:モチモチの木の実が、落ちて、杵でついて、臼でひいて、どんな音になるかなあ。

瑞穂五小のブログに掲載されました。

blog.goo.ne.jp

 

八太夫会 新年 お弾き初め会

恒例の八太夫会新年弾き初め会が、恙なく開催されました。本当に、恙なくというやつです。年々歳々、多少の入れ替わりがありながら、途絶える事無く続いていることは、本当に、稀なことだと思っています。その上、今年は又、新弟子を迎えて、より華々しく年頭のスタートを切れたように感じました

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新弟子披露:小栗判官一代記照手車引段前半 かたり 井上秀美

昨年末に現われた新弟子は、説経祭文の節をあっというまに身につける。

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小栗判官一代記照手車段 後半 三味線 姜信子 

後半は、私が語って、三味線を信子に任せる。祭文の車引は、節のオンパレードなので、入門に使うが、実は、車引に始まって車引に終わるという代物なのである。奥が深い。

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久保嶋奈美、三味線初級コース卒業検定試験:娘道成寺新合方・・・全員一致の甘い合格だったようです。

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長唄:船揃(ふなぞろえ) たて 石橋迪子 つれ;唄 八太夫

そもそも船のはじまりは・・・なんて唄があるんです。いろいろ船尽くしなんですが、いいのは、替え手の美しさで、お互いにぬらりくらりと弾くのが楽しい曲です。・・・がそこまでいくのは大変なことです。

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説経祭文弾き語り 小栗判官一代記 鬼鹿毛獄舎段 弾き語り 崎村良子

私は、介添えでつきましたが、ほとんどお一人で通しました。説経祭文の弾き語り太夫10本の指に入っています。

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今様説経祭文「鬼桃太郎」尾崎紅葉作 弾き語り 渡部八太夫

下座鳴り物 全員 

話しの内容はさておき、各自が得物を手にして臨んだ「鬼桃」は、セッションであった。つまり、直前に何か鳴らせと言われて、鐘、鈴、鼓、ささら、太鼓、当たり金などなどをわたされた弟子達が、即興で下座を付ける。おお、これがなかなかおもしろい。芸は教えるものではなく、発現させるものだ。ああしろこうしろと言わなくても、できるもんだ。実は、この「鬼桃」は、新弟子が持ち込んで来たもの、有り難や、有り難や、又、新しい展望が開けた、お弾き初めでした。本年も、こつこつと稽古いたしましょう。

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