かたり・三味線教授いたします。
稽古場:千年文庫 八王子市戸吹町332-6
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語り芸パースペクティブ 第3回目 瞽女・祭文

玉川奈々福がたずねる「語り芸パースペクティブ」全11回+番外1の、1回目・2回目は客として、3回目は光栄にも演者として参加させていただきました。素晴らしい企画をありがとうございました。第3回は「説経祭文+瞽女唄」という内容でした。瞽女唄は、萱森直子さんが、祭文松坂「葛の葉子別れ」を読まれましたので、結局、「祭文×祭文」だったのかもしれません。私は「小栗判官」の鬼鹿毛「曲馬の段」をやりました。「祭文」ですから薩摩若太夫正本です。但し、例によって、作家姜信子による演出が入って、面白くなっています。なにしろ、奈々福さんの会で、面白く無かったと言われては申し分けがないので、節の手もいつもより派手。この一週間、大変真面目に稽古もし、気合いも十分でしたが、気負い過ぎたのか、前日は眠れませんでした。

 鬼鹿毛「曲馬の段」は初演でした。「説経」は、本来泣き節ですが、「説経祭文」にはチャリ場があります。しかし、これが難しい。人を泣かせるのは結構できるものですが、笑わすというのは難しい。その上、多分その当時は、それで笑えたのかもしれないが、現代に通用するとは限らない。これまでは、正本通りにやっても、なかなか面白いというものにならなかったのでした。

 今回の狙いは、ズバリ笑える「祭文」だったのですが、どうだったでしょうか。まだまだ、練らなければなりませんが、手応えはいただきました。沢山の励ましのお言葉、ありがとうございました。これからも、新しいチャレンジをして行きたいと思っています。

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瞽女唄:葛の葉子別れ 萱森直子

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説経祭文:小栗判官 曲馬の段 渡部八太夫

「ひぇえええ、小栗が鬼鹿毛に乗ってやって参ります。」

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後半の鼎談:玉川奈々福 八太夫 萱森直子

撮影:田島利枝

萱森さんの師匠、小林ハルさんの話しがとてもよかったです。私は語りに関する師匠はいませんでしたので、羨ましいかぎり。私はといえば、いろいろ考えてはいましたが、うまくしゃべれませんでした。ただ、今回お伝えしたかった事は、「説経祭文」は「説経浄瑠璃」ではなくて、やはり「説経祭文」と言う方が説明しやすく、理にかなっていて、その出自も含めて、より理解しやすいのではないかということです。「説経」は仏の教え、「祭文」は神を言祝ぐ、合わせて「説経祭文」。正に神仏習合なのですが、その寺からも神社からも抜け落ちた、隙間に存在している。そのあたりを、今度はもう少しうまくお話出来るようにしてみたいものです。

 と、ここまで書いて、ようやく思い至りました。話したかった事は、説経のこれまでではなく、色々に派生した説経の系統の中で、自分が選んだのは「説経祭文」で、その「説経祭文」の持つ背景世界を共有して、新しい「説経祭文」の世界を切り開いて行きたいということだったようです。

 

今様祭文への挑戦

残されている薩摩若太夫の説経祭文は、もう200年ぐらい前のものです。文化財としては勿論貴重ではありますが、生の芸能という観点からすると、ちょっと食えなくなっているかもしれません。以前はそれでも、文化財なんだからそれで仕方無いと、諦めていました。まあ、謂わば、まずい物を、当然の如く、あるいは仕方無く提供していたわけです。そのうち自分でもやる気がしなくなりました。説経祭文は、もうだめだなと、捨ててしまったのでした。しかし、それをたまたま聴いた作家姜信子が妙におもしろがり、

「今を生きる語りにしてください、息を吹き込んでください、そうしたら語りがよみがえる」

と言い出したのです。その言葉に背を押されて、「今様祭文」というものが生まれてきました。現代的な手を入れた祭文と言う意味です。この3年ぐらいの間に、様々な取り組みをしてきましたが、だいたいこんな特色が出て来ました。

①姜信子の著作に節を付ける(例:ソルムンデハルマン)

②文学をベースにして、姜信子が翻案したものに節をつける

(例:件 水はみどろの宮 みみなし芳一)

③古典をベースにして、姜信子が脚色したものに節をつける

(例:山椒太夫宇和竹恨み・骨拾い)

振り返ってみると、「今様祭文」というのは、渡部八太夫と姜信子の活動の軌跡となっています。

さて、その、「説経祭文」のよみがえりを、いよいよ世に問うというのが、今回の企画です。題して「よみがえる説経祭文の夜」

9月から月一回、11月までの三回を企画してみました。毎回、異なるゲストと新しい試みが計画されているので、どの回も二度と同じ事は出来ない、起こらないという事になりそうです。

9月は手始めなので、既に出来ている演目ですが、10月以降はまだやったことの無い、しかもまだ出来てない演目が予定されています。いったいどうなるのか・・・わかりません。

会場は、知る人ぞ知る国立駅前の「ギャラリービブリオ」です。至便な所ですので、一度ご来場ください。

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祭文かたり IN 済州島

ソルムンデハルマンという他国の神話に出合ってから、たった一年やそこいらで、その国の土を踏んで、その土地を生み出した母なる神の物語をかたることになるとは思ってもみなかった。噛み合うべき歯車が、ガッチャンコとシフトして、違う組み合わせが回転している。そんなチェジュの四日間だった。ところが、そうなったのは、自然の成り行きでも、神のご加護でもなかった。そもそも、ソルムンデハルマン祝祭に参加するはずもない日本人がこの祭りに参加できたのは、ソウル在住の詩人のクォン・デウン氏や特に現地の詩人ホ・ヨンソン氏などが、「済州 石の文化公園」のペク・ウンチョル園長に強力に推薦してくれたからだと後から聞いた。実に有り難い話なのである。

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石の文化公園園長のペク・ウンチョル氏と(左から二人目)

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済州島の母、ソルムンデハルマンの像(石の文化公園)

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ソルムンデハルマンの子供、五百将軍達(石の文化公園)

この巨石を島中から、自力で集めてきた人が、園長のペク・ウンチョル氏であるので、園長は五百一人目の息子。その園長が、「ソルムンデハルマンが呼んだ一人目の日本人だ。」と仰ってくれたので、私は自称「五百二人目」の息子と思う事にした。これからは、ソルムンデハルマンの五百二人目の息子として語ることにしよう。

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字幕は新潟大学の藤石先生にお世話になりました。ありがとうございました。

 韓国自体、初めてでした。済州島ということもあり、反日的なことも覚悟はしていましたが、みなさんいい人ばかりでした。ハルラ山をガイドしていただいたペンションオーナーの呉(オ)さんにも大変お世話になりました。わくわくと楽しい四日間でした。そしてまた、何か、違う歯車がゴロゴロと動き出しそうな予感が・・・

 

 

一橋大学 韓国学研究センター設立記念国際シンポジウム

一橋大学イ・ヨンスク先生が新たに設立された「一橋大学大学院言語社会研究科韓国学研究センター」のセンター長に就任された。誠にお目出度う御座います。その記念式典の第2部では、韓国の伝統音楽が披露された。

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宮中舞踊「春鶯囀」 安留奈(アン・ユナ)

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「短い散調」 琴 姜貞烈(カン・ジョンリョル) 安留奈

       鼓手 李相鎬(イ・サンホ)

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「四節歌」 歌 裴平舜(ベ・ピョンスン) 鼓手 李相鎬

韓国の芸能者の発声法には、いつも感心させられる。「芯」が必ずある。そしてやはり「端雑音」が感じられる。歌や語りは勿論のことであるが、実は鼓手の合いの手の「枯れ」具合に一番しびれる。

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そんな中に、何故か・・・祭文八太夫が登場・・・これは、あくまでもセンター長のイ・ヨンスク先生からの御依頼でありまして、お祝いをさせていただきました・・・が、あまりの韓国伝統の音楽に感激・圧倒されて・・・たじたじというかんじでした。

とにもかくにも、韓国学センターの御発展を御祈念申しあげます。

 

 

済州島 ソルムンデハルマン祭 

済州島では、5月1日から「ソルムンデハルマンフェスティバル」が始まった。式典の中心は、5月15日に取り行われる祭祀である。ソルムンデハルマンは、チェジュ島のまさに生みの母である。そして、五百人の息子達は、五百将軍の岩となった。会場の「石の文化公園」には、園長の白雲哲(ペク・ウンチョル)氏が島中から集めた巨石が並べられている。

 その祭典の夜の音楽祭に、参加することになった。姜信子氏の「愛のはじまり」、ソルムンデハルマンの物語を語らなければならない。本家本元の済州島で、片言の韓国語をちょっとだけ入れて語る。

 むう、韓国語は難しいし・・・ハードル高い・・・

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姜信子著「平成山椒太夫」出版記念会

一昨年、新潟日報に連載された姜信子氏の「平成山椒太夫」(挿絵:屋敷妙子)が、昨年末に本になった。この著作、それ自体が妙なものであるが、この現代的語りがもっと妙なのは、次々と人を巻き込んでいく習性があるようなのである。注意が必要である。

新潟日報の森澤氏、舞踊家堀川氏、NSTの山田氏、が実行委員となり、「妖しい春の大宴会」というサブタイトル。森澤氏と雑談をしたときに、冗談で寿々木米若の「佐渡情話」を口ずさんだのが失敗で、会場が「大佐渡たむら」(沼垂)ということもあって、「佐渡情話」をやるはめになってしまった。

さて、そもそも、浪曲は三味線が特殊なので、仮にコピーできたとしても、弾き語りは至難の業。1967年(昭和42年)収録の寿々木米若「佐渡情話」をあらためて聴いてみて、やはり愕然。「こりゃ、無理だなあ」と思いつつも、だいたいの流れが聞こえてきたので、採譜を試みる。

「むう、おかしい、変だ」いったい、浪曲というものは「三下がり」と相場は決まっているのだが、音が合わない。「これは、ひょっとして」と思い、「水調子」(低い音の調弦)の「本調子」にしてみたら音が採れる。ということは、これは佐渡の「文弥節」と同じ調弦を使っているということなので、今度は驚愕。米若は、佐渡の文弥節を分かっていて、「佐渡情話」に取り入れたのだろうか・・・

結局、浪曲の弾き語りは諦めて、ちょっと浪曲ぽい手を借りて、得意の「二上がり」調弦で「祭文浪曲佐渡情話」を仕立てることにした・・・ややこしい話しで恐縮。

以前「文弥節」採譜の時にも解説したことがあるが、一の糸を低音にして(これを水調子という)本調子の調弦をしたうえで、二の糸と三の糸しか弾かず、しかも三の糸の高音部を主に弾く奏法は、実は「二上がり」調弦で弾く事と変わりがない。

どうして、そういう調弦になったかは不明であるが、せっかく「三味線」なのに、二本の糸しか使わないのは、音の展開や指の動きから考えれば不自然な気がする。それとも昔の人は、糸を大切にしたので、長持ちさせるために水調子に張ったのだろうか・・・?

というわけでいよいよ、得体のしれないものなりましたが、この会は「妖しい」人々の集まりのようでしたから、許していただけたようです。

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説経祭文は「三庄太夫 宇和竹恨之段」

朗読:姜信子

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今回、特に声援をいただいた森澤和子様、中川絹子様、誠にありがとうございました。その外、皆さんからのおひねりに感謝感謝。

 

 

 

玉川奈々福がたずねる 語り芸パースペクティブ 第一期

4月17日(月)から始まる特別企画。浪曲玉川奈々福さんがかたりもの芸の世界を案内します。

 不肖八太夫は、第3回6月14日、「説経祭文」を担当することになりました。よろしくお願いいたします。同回の「瞽女唄」も聞き逃せません。説経祭文と瞽女唄は、いわば兄妹筋の芸能で、その後の浪曲にも影響を与えているといわれています。

 そ、それよりも第1回の「総論」第2回目の「節談説教」のインパクトがすごいですね・・・こまりましたね。

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