稽古場:ゆやんたん文庫 奈良市敷島町
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尾崎紅葉作 鬼桃太郎

え?なに?鬼桃太郎?って何よ?尾崎紅葉がそんなもの書くの?

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幼年文庫かあ。知らなかったな。どれどれ。ほお、くだらないねえ。中身もなにもあったもんじゃないね・・・そう、中身はないようだが・・・なんだか・・・節に乗るか?・・・えええ?・・・不思議な文体・・・こりゃなんだ?・・・おもしろいかも

 

鬼桃太郎

尾崎紅葉 

明治24年10月11日 博文館版

 

「むかし、むかし、爺(じじ)は山へ柴刈に

媼(ばば)は洗濯の河にて

拾いし桃の内より

生まれ出でたる桃太郎

猿、雉、犬を引率(いんぞつ)して

この鬼ヶ島に攻め来たり

代々(よよ)の宝を分捕りなし

勝ちほこらせて帰せし事

この島、末代までの恥辱なり

あわれ、願わくば

武勇優れたる鬼のあれかし

その力を借りてなりとも

この恨み晴らさばや」

と、時の王鬼

島中に触れ下し

『誰にてもあれ、

日本(にっぽん)を征伐し

桃太郎めが若衆首と

ぶんどられたる宝を携え帰らん者は

この島の王となすべし』

とありければ

血気に逸(はや)る若鬼ども

ひくひくと、額の角を動かし動かし

我、功名せんと思わざるはなけれども

いずれも桃太郎が技量に懲り

我はと名乗り出づるものもあらざりけり

 

ここに、阿修羅川(あしゅらがわ)のほとりに

世を忍びて、寂しく住みなせる夫婦の鬼ありけり

元は、鬼ヶ島の城門の衛司(まもりつかさ)にてありけるが

桃太郎、攻め入りの砌(みぎり)

敢え無くも、鉄の扉を打ち砕かれ

敵軍乱入に及びし条

其の身の怠りによるものなりとて

斜めならず、王鬼の勘気を蒙り

官を剥がれ、世に疎まれ

今は、漁人(ぎょじん)となって余命を送るといえども

いつかは、この身の罪をあがのうて

再び、世に出でんことを心に懸け

子鬼の角の束の間も

忘するるひまぞ、なかりける

 

去る程に、この触れを聞く嬉しさ

茨木童子が、切り落とされし我が腕をも

見たらん心地して

この時なりと、心ばかりは逸れども

先に城門の敗(やぶ)れに桃太郎と渡り合わせ

五十貫目の鉄棒もて

右の角を根元よりひしおられたる傷の

今に痛むことしきりにして

不治の病(やまい)得たり

されば、合戦なんど、思いもよらず

「掛かる時、子だにあらば」と

しきりに妻なる鬼を罵(ののし)りぬ

されば妻の言いけるは

「伝え聞く、日本の桃太郎は

川に流れし桃より生まれて

武勇抜群の小せがれなり

尋常なる鬼の腹より出でなん鬼子にては

彼めが相手とならんこと覚束なし

妾(わらわ)、夜叉神に一命を捧げて

桃太郎二つ掛けなる武勇の子を祈るべし」

と、阿修羅川の岸なる夜叉神社に参籠し

三七日の夜にして、始めて霊夢を蒙り

その暁(あかつき)、水際に立ち出でて見れば

いと大きなる苦桃(にがもも)ひとつ

フワフワと浮き来たりぬ

さてはと嬉しくい抱き帰れば

待ち構えたる夫の喜び、例うる方なし

割(さ)きてみれば果たせるかな

実(さね)、自ずから跳んで

坐上(ざじょう)に踊ると見えしが

たちまち、その丈、一丈五尺の青鬼と変じ

紅皿の如き口を開き

爛々たる火炎を吐きて

すっくと立ったるその風情

鬼の目にさえ恐ろしくも又、物凄くぞ見えにける

苦桃の内より生まれたればとて

苦桃太郎と名乗らせぬ

 

さて夫婦、思う由(よし)を語りければ

苦桃太郎、大いに喜び

「易き事かな

我、ひとまたぎに、日本へ押し渡り

三つ指にて、桃太がそっ首、引き抜き

その国の宝のあらん限り

引き攫(さら)うて帰るべし

これより出陣、出陣」と

勇み立てば、夫婦の言うよう

「この条、王鬼に届け出ずして

我が儘に出立せば

あるいは、功も功とならずして

かえって、咎めのあらんも測り難し

我等は、罪を負う身の

お目見え叶わざれば」とて

苦桃太郎、一人して

王城に至らしめ

桃太郎征伐の義を言上しければ

王鬼、炎を吐きて喜ぶ事限り無く

八角に削りなして

二百八十八個の銀の星、打ったる

鉄の棒を賜い

「なんじ、これをもって、桃めが腰骨

微塵に砕けよ」

と、ありければ

苦桃太郎、あざ笑い

「桃太郎風情の小童(こわっぱ)十人二十人

シラミをひねるより、尚易きに

なんぞ武器などのいり候べき

仮初めにも、かかる物を賜う事

すこぶる、それがしが武勇を気遣い給うに似たり

無礼は御(おん)許し候え

これ、ご覧ぜよ、方々」

と、そばなる鉄の丸柱(まるばしら)を

小指もて、ゆらゆらと押し動かせば

満座、等しく、色を失い

「やれ、苦桃太郎

技量は見えたり、止めよ、止めよ」

と、おののきけり

王鬼、近く、苦桃を招きて

「かかる、汝が武勇をもってせば

桃太郎を滅ぼさん事、疑い無し

別に取らすべきものあり」と

自ら履きたりし、

白狐の生き皮もて作れる袴を解きて

投げだし給えば

取って戴き、双(そう)の角に引き掛け

手振り、足拍子、可笑しく

外道舞いというを舞い

喜び勇んで、罷ん出(まかんで)けり

明日ともなりぬれば

王城より使者向かいて

針金の袋に、

人間の髑髏(しゃれこうべ)の付け焼き十(とう)を盛りて

かの桃太郎が黍団子に擬(なぞら)え賜りぬ

行き行きて、鬼ヶ島の堺に来たる頃

魔風、俄に、さらさらと吹き荒(すさ)み

滝の如くに暴雨そそぎて

天地鳴動して坤軸(こんじく)も折るるかと思うばかりなり

「あら、心地良き、ありさまや」

と、しばし立ち止まって、四方をきっと見てあれば

魔王嶽(まおうがだけ)の絶頂に当たりて

電光の閃(ひらめ)く内に

金色の毒龍(どくりゅう)現われ

此方(こなた)をめがけて

矢を射る如く、飛び来たる

「やあ、小賢しき長虫の通力立て

寄らば、目にもの見せん」

と、力足(ちからあし)踏み鳴らして

身構(みがま)うる間(ま)に

彼の毒龍、舞い下がりて

太郎が前にとぐろ巻くこと、十三巻き

舌を吐き、首を垂れて言うようは

「某(それがし)は、魔王嶽の頂きなる湖に

歳久しく棲める龍王なるが

日本の地に罷り或る眷属の蛇ども

彼の桃太郎が家臣なる雉の一類の為に

食(は)まるること、年々(ねんねん)の数を知らず

如何にもして、この恨み返さばやと思うこと久しけれど

一人の力、及び難く、無念を呑んで

瞋恚(しんい)の炎(ほむら)を吐くおりから

将軍、この度、桃太郎征伐の由を聞き及び

願わくは、御手(おんて)に随従(ずいじゅう)して

微力を尽くし、御威勢をもって

一族の積もる恨みを散ぜんとて

これまで御出(おんで)、迎い仕りぬ

哀れ、御供(おんとも)御(おん)許しあらば

身の面目(めんぼく)これに過ぎじ」

とありければ

苦桃太郎、喜悦浅からず

腰なる髑髏(どくろ)ひとつ取らせて

主従の契りを結びぬ

その時、毒龍の言いけるは

往時(いんじ)、桃太郎は、

雉、猿、犬の三郎党を従えて

大勝利を得し例しに倣(なら)い

将軍も又、良き郎党を召したまわずや

某が無二の交わりを結べる二疋の強者(つわもの)あり

もし御意あらば、立ち所に召し寄すべし」

との推挙に

「『千羊(せんよう)の皮は、一狐(いっこ)の腋(えき)にしかず』

の本文(ほんもん)

なまじ非(ひ)なる輩(やから)は、却って足手纏い

なれど、御身が信じて

一方の大将ともなすべき器量ありとせば

早々、その者を召し寄せ給え」と言う

「恐れ多き申し分には候えども

類は友を以て集まるの喩え

それ、不肖と言えども魔王嶽の龍王なり

凡俗なる狐狸(こり)の輩(ともがら)を友とせんや

先ず、召し寄せて、見参に入れん」と

二(ふた)振り三(み)振り、尾を振れば

響き、さながら金鈴(きんれい)の如し

これを合図に北方(ほっぽう)より忽然として

白毛(びゃくもう)朱面(しゅめん)の大狒々(おおひひ)飛び来たり

西方(さいほう)よりは牛かと見紛うばかりの狼、躍り出でて

一斉に太郎が前に額(ぬか)づけば

苦桃、岩角に腰打ち掛け

鴆(ちん)の羽扇(はおうぎ)にて差し招き

「実(げ)に頼もしき器量骨格

狒々は猿の頭(かしら)にして

狼は犬の強敵(ごうてき)たり

これに加うるに毒龍あれば

桃太郎を一戦に打ち破らんこと

鉄槌(てつつち)をもって土器(かわらけ)を砕くが如し

いざ引き出物、取らせん」と

また、ふたつの髑髏(どくろ)を与え

「いでや出陣」

と、立ち上がれば

毒龍、再び策を献じて、曰く

「某に飛行(ひぎょう)自在の術の候

瞬く間にして、日本国に至るべし」

と虚空に向かって呼気(いき)を吐けば

不思議や黄雲(こううん)俄(にわか)に蒸して

眼前に集まりぬ

主従(しゅうじゅう)これに打ち乗り

宙を飛ぶこと西遊記の絵の如く

一昼夜にして、眼界果て無き大洋(おおうなばら)の上にぞ来たりける

苦桃太郎、不審を起こし

「我等、神通力をもって、かく飛行しながら

いまだ、日本の地に着かざる理なし

毒龍、ここは鬼ヶ島を去ること幾千里ぞ」

「参候、おおよそ十二万三千四百五十六億七千八百九十里

おっと、それは行き過ぎたり

戻せ、戻せ」

と逆飛雲(ぎゃくひうん)の法を行わせて

無二無三に戻るほどに

帰る程に又、戻り過ぐること

九十八万七千六百五十四億三万二千と一百里

これではならぬと又、出直して

行けば行き過ぎ、戻れば戻り過ぎ

行きつ戻りつ、戻りつ行きつ

左へ翔(かけ)り、右へ走り

四面八角縦横無尽(しめんはっかくじゅうおうむじん)に飛び廻るほどに

流石の毒龍の魔力も限りあれば

次第に疲れ、雲は弱りて薄れゆき

今は、古綿(ふるわた)の如く

ここもちぎれ、かしこもちぎれて

放下(ほけ)たる穴よりより踏み外して

狒々、狼は敢え無くも

泡立つ海に落ち入りて

ワニの餌食となりけらし

苦桃太郎、これを見るより

憤然として怒りをなし

「おのれ毒龍

汝がうつけの故をもって

股肱(ここう)の臣を失いたるぞ

軍陣の門出に幸先悪し、にっくき奴」

と、拳を固めて

毒龍の真っ向、砕けよと

続け打ちに打ちければ

もとより荒気(あらき)の毒龍は

怒りの眼(まなこ)に朱を注ぎ

金の鱗を逆立てたるは

木の葉に風の吹く如し

「やあ、小憎きおのれが大将面(づら)

いで、龍王が手並みを見よ」と

十間(じっけん)あまりの尾を

風車の如くに回して

苦桃太郎を七巻きに巻きくるめ

骨も微塵と締め付くれば

「ものものしや」と

苦桃太郎、総身にうんと力を込むれば

さしもの毒龍、ふっつと切れ

四段となって仆(た)おるれば

魔力、忽ち解けて、雲は吹き消す如く無くなれば

何かはもってたまるべき

苦桃太郎、遙かの虚空より

足場を失い

小石の如く、真一文字に舞いさがりて

満々たる大海へ、ぼかん

 

おわり