稽古場:ゆやんたん文庫 奈良市敷島町
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説経祭文 小栗判官照手姫 曲馬の段 in 国立ビブリオ

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このところ、新作の取り組みが忙しく、古典物はさっぱりである。しかし国立のギャラリービブリオでは、古典的説経祭文を披露しようと心がけている。

 とはいうものの、どこで聞いてみても、もう説経の物語を知っている人は、本当にいない。「山椒太夫」「信太妻」「信徳丸」「刈萱」「愛護の若」等々の中で、比較的知られていそうな「小栗判官」ですら、知っている大学生に会った事が無い。

 そんな状況ではあるが、少しでも楽しめるように、構成しなおしてみた。

6月8日(土)は、是非、国立ビブリオにおいでください。

 

説経祭文小栗判官照手姫 

 

床 薩摩若太夫正本 地乗り(10)~曲馬上(11)

天保11年:1840年)

補綴 姜信子 節付 渡部八太夫

さればにや、これは又、小栗判官一代記鬼鹿毛曲馬の段

・・

  龍と交わり

常陸の国に流罪となりました小栗殿でしたが

  女ぐせの悪いのは治りません

  今度は,相模の国、横山将監照元の娘

  照手姫の所に、押し入り聟を決め込みます

  怒りましたのは、父親の横山将監

  人食い馬の鬼鹿毛を仕掛けますが・・・

小栗判官正清は、人食い馬の鬼鹿毛

仏の妙法、説き聞かせ

龍の如くと、誉め上げて

しめ髪、掴んで、御身、軽ろ気に、

ゆらりと跨がり

先ず鬼鹿毛が足定め

前なる丸木一本橋へ乗り上げて

「しっし、どうどう」

「しっ」と追うては、

「どう」と留め、

なんなく萱野へ乗り出だす

鹿毛程なる荒馬も

小栗に、胴骨、乗り締められ

「ぶるるるる」

白泡、吹いたる有様は

凄まじかりける次第なり

其の時、十人殿原は

「我が君様と申するは

都に在りし時は、御菩提(みぞろ)ヶ池の大蛇を乗り取り

その後、常陸流罪あれば、照手の姫を乗り取った

今又、人食い鬼鹿毛を、乗りも乗ったり我が君様

乗せも乗せたる鬼鹿毛

天晴れ、馬の名人」と

やんや、やんや、どっとぞ、誉めにける

風にのったるその声が、横山御殿まで聞こゆれば

横山将監、立ち出でて

「あれ、三郎、萱野の方にて、人声がする

大方、小栗めが、鬼鹿毛の秣(まぐさ)になり

十人殿原めらの嘆きの声と覚えたり、へへへ、

さ、今から、萱野へ行て

せめて、捨て念仏など唱えてくりょう

幸い、花見がてらに参らん

ささ、早や疾く、用意、用意」

畏まって候と、

毛氈、花ござ、お茶やら弁当

酒樽を担いで、萱野へ急がるる

・・

さて、横山親子が、花見をして

いい気分になっておりますと

小栗殿が鬼鹿毛に打ち乗って

十人殿原引き連れて戻って参ります

これには、びっくり

「ひぇ、古(いにしえ)より

親捨てる藪はあれど、

我が身捨てる藪は無しと聞く

父上様、お先にごめん」

と三郎、只一散に逃げ帰る

後にも残る横山将監照元

逃げんとすれども老いの足

お茶やら、弁当に蹴躓き

おイモの煮っころがしで滑るやら

おきつ、ころんず、命からがら

おのれが館へ逃げ帰るは

見苦しかりける次第なり

・・

鹿毛を手なずけられてしまったので

横山親子は、曲馬をやらせて

恥を搔かせようとたくらむのですが

ご存知の通り、小栗は馬術の達人なのでした。

待つ間も程無く、小栗殿

桜の馬場へと乗り来たれば

三郎、それと観るよりも

碁盤を一面、馬場の半ばへ直されて

「此上へ所望」と、ありければ判官は

「心得まして候」と

只、一散に乗りあがり

碁盤の上に、四足(よつあし)留め(とどめ)

四ツ目殺しと見えにけり

「おのれ、小癪」と横山将監

御殿の建具をはずされて

送り出せば、三郎が

馬場の通りへ並べられ

「この上、所望」と、ありければ、

にっこと笑って判官は

襖(ふすま)障子の細道を

なんなく乗り分け、乗り降ろす

三郎、改め見て見れば

骨も痛まず、紙も破れぬ有様は

神変不思議の次第なり

三郎、あまりの面白さに

梯子を、一脚持ち来たり

手早く、御殿へ掛けられて

「この上、所望」と、ありければ

判官、心の内にて

「鞍馬大悲多聞天、神力添えさせたび給え」と、

深く念じて、梯子の桁

ひいふみいよういつむうななやあここのつとうと

とうとう屋根に乗り上げる

「ぶるるるる ヒヒーン」

「どうだ、どうだ」とばかりにて

彼方(あなた)へ走らせ、此方(こなた)へ駆け

あるいは、鞍立ち、敵隠れ

手綱の一曲、鞭の技

秘術を尽くして乗られける

横山御殿は、其の時に

みしみしみしと、地震に揺らぐ如くなり

堪らず、横山、屋根に向かい

「ああ、これ、婿殿

最早、曲馬は、どうぞ、ご無用でござる

御休息なさりませ・・・」

と、おろおろ顔、判官、屋根より見下ろして

「むむー、いかにとよ父上様

その古(いにしえ)、九郎判官義経

鵯越の逆落とし、さあ、それにてご覧候え」と

逆さ落としに乗り降ろし

その身は、ひらりと飛んで降りれば

鹿毛、桜の古木に繋がれて

しずしず、座敷に上がられる

横山将監呆れ果て

「いやあ、聞きしに勝りる馬の達人

将監照元、驚き入ってござる」

判官聞いて

「ほほー、申し、父上様

あのような、口柔らかなる馬を

如何なればとて、鬼鹿毛などと呼ばれ給うや

今日よりは、鬼鹿毛改め

鹿毛と名付けては、如何に候や」

と、言われて、横山親子の人々は

口惜しやと思えども

時の座興で苦笑い

「そりゃ、猫鹿毛じゃ」

と囃し立てれば

さすがは畜生、鬼鹿毛

「我が、小栗に乗られしを、あざ笑うか」と心得て

「ぶるるるる」

桜の古木を根こそぎに

馬場の外へと暴れ出す

横山親子は、驚いて

「これ、如何に、婿殿よ

このまま、捨ておくものならば

相模の国の人種が、忽ち尽き果てまする

ささ、どうぞ、早く、鬼鹿毛

呼び戻して下されや」

と、騒げば判官

芝繋ぎのまじないを、三遍唱え

扇子を開き

「鬼鹿毛、是へ」と招かれる

ものの不思議や、鬼鹿毛

馬場の外面(そとも)の方よりも

只、しおしおと歩み来る

あっぱれ、馬術の達人小栗判官政清

そのまま常陸へ戻るなら

なんの子細もあるまいに

照手の色香に迷われて

姫の館に戻られしは

ご運の末とぞ知られける

・・

  さて、娘を取られた上に

恥を搔かされた

横山親子の怒りは納まりません

  曲馬の慰労と偽って酒宴を催しまして

  再び、小栗を呼び寄せますと

  毒酒を盛りまして、毒殺です

  哀れ、小栗判官、家来共に

冥途の道で、いったい何が起こるのやら

本日は是まで

続きはは又のお楽しみ