2年ぶりの水俣だったのだが、トラブルが多発したツアーであった・・・
そのうちのひとつが、ビデオカメラの電池切れ。でもよく考えてみると、4時間ももつはずないよね・・・というわけで、初の江州音頭、般若心経入りのその「般若心経」を記録できなかったのは誠に残念でありました。次回の機会をご期待ください。
参加されたのは、宮城教育大の山内明美氏、

詩人の小山伸二氏、

シンガーソングライターの生田卍氏、

そして、ご当地のシンガーソングライター柏木敏治氏

特に、柏木氏には、水俣を題材にした自作の歌を披露していただき、大変に感銘を受けた次第。そして、柏市氏が、投網で採ってきた鮎をみんなでいただくなどなど、地元ならでは味わいを堪能させてていだいた。
そして、初めて水俣を訪れた仲野麻紀のサックスが相思社の空気を震わせた。

水俣で百年芸能祭をやる意味は、そこがチッソだからだ。私には、水俣は今でもチッソの植民地に見える。資本主義と植民地主義のなれの果てで、狼煙をあげろ。
そういう場所が、いくつかある。そのひとつが「乙女塚」だ。故砂田明氏がつくられた乙女塚を妻の砂田エミ子氏が今でも守っていらっしゃるので、水俣に行ったら必ず、お参りにいくことにしている。2年ぶりのエミ子さんはお元気でおられた。先回は、塚の前で、「起ちなはれ」をやったのだが、今年は、お宅の中でやることになった。
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今回は、みんなで少しでも掃除ができたのが本当によかった。
さて、もうひとつ、2年前に故石牟礼道子氏の自宅を使って開店した
「カライモブックス」がある。ここは、水俣川のむこうがわ、その昔、とんとん村といわれていた辺り、そこで、石牟礼道子作「椿の海の記」から「岩殿(いわどん)」の話を語ってみた。
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つづきは、水俣の知る人ぞ知る「やうちブラザース」にヒントを得て作った
水俣異聞「満月の夜の狼のように」
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これでは、まるで旅するカタリのライブのようですが、実はこれは前座で、メインは初めて水俣にやってきた仲野麻紀氏でした。そもそもこの百年芸能祭開催のきっかけは、
たまたま仲野麻紀氏が旅にもちあるいた「唐芋通信」がモザンビークの子どもの手に渡り、その子が知るはずもない日本の文字を、絵のように綺麗に書いたことがきっかけだということです。これこそバタフライイフェクト。
