稽古場:ゆやんたん文庫 奈良市敷島町
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石垣島供養の旅

久しぶりに石垣島に行くことができました。大きな目的は大田静男氏の著作「八重山の1945年」の出版記念講演会ですが、残りの時間は墓参と供養です。まずは、唄者のナミイ婆の墓参りから、法螺貝吹いて、鳴り物ならして、呼び出します。

それから、明和の大津波の慰霊碑等を廻り、供養しましたが、この日は、とうとう千人墓を捜し出せませんでした。

さて、夜は大田氏の講演会。盛況で、立ち見がでるほどです。私は前座で、「八重山の1945年」から抜粋した「標準語励行の巻」を語って、「石垣校標準語行進曲」を歌いました。とにかく、大田氏の体調不調により延期された出版記念会が、無事にすんだことがなによりであります。お疲れさまでありました。

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最終日の午前中は、前日に見つけられなかった「千人墓」の探索に再挑戦。飛行場近くの道端にようやく発見。(看板もなにもありません)しかし、真っ暗なガマの中に霊魂の光がともるという奇跡が起こりました。

中央の岩が光っている。まあ、日の光が差し込んでいるといえば、それまでだが、鬱蒼とした森の中のガマの奥の岩に日が差し込むという瞬間は、どれだけの確率でろうか?
とビックリする。季節、時間、天候、木漏れ日等々、やっぱり奇跡だろう。昨日見つけていたら、出会えない。この日のこの瞬間に招かれ、供養出来た事に感謝。

南無阿弥陀仏

それから、石垣島最北端に向けてのドライブで旅は終了。台風前の穏やかな海。

サビチ鍾乳洞は海と繋がっていて、異人が現れるのにぴったりだあ



供養するということさえ忘れなければ、どんな旅も有意義になるということだな。

能登に行って参りました。

最初に旅の終わりの話。なんと帰り道に名神高速で車が故障し、お亡くなりになりました。帰り道になって金沢あたりから、オーバーヒート気味で変だったのですが、冷却水は補充していったので、水がなくなるはずがないと思い込んでいたのが間違いでした。故障したのは、冷却ファンのようで、警告灯が消えたりついたりしていたので、走り続けていたら、とうとう、エンジンから煙が・・・・・間一髪でパーキングにそろそろと到達できたのは、平素のお祈りのお陰であります。南無祇園牛頭天王!!!車は、二度と息を吹き返しませんでしたが、無事に生きて帰れてよかった。こんな時、頼りになるのは、なんといっても保険やさんと車屋さん。レッカーの手配も1時間かかりませんでしたが、それよりも凄かったのは、アーバータクシー。こんな高速のパーキングエリヤからどうやってかえるんじゃあと叫んでいたら、合方が、さっとタクシーを手配。これにはびっくり!レッカーもタクシーも保険適用!!!こんなにとんとんと物事が進むなんて本当に不思議。いろいろな神様を勧請しているので、連携プレイなのかもしれない。

 さて、そんなこんなで無事に帰ってきましたが、能登の輪島と珠洲のみなさん、大変ありがとうございました。

珠洲の飯田。いろは書店前。地域のコミュニティとして重要な場所ですが、いつまでも電柱が傾いたままというのは、いかがなもんか。

さて、珠洲といえば、「さんにょもんさん」であります。

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地元の方から、サンニョモンの唄を教えてもらいました。さすがは、地元ソング!!

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旅するカタリ in スペースふうら 5回目

深江橋の「スペースふうら」は、ピヨピヨ団のアジトです。ここにアナキストが集まって、反権力の祭をじわじわと繰り広げております。それにしても、あまりにひどい高市の国政に、あるいはトランプのアメリカに怒りを込めて、今日も、我々は歌い踊るのであった。

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ぽいぽいと捨てられてたまるか!だが、この国は、老人は早く死ねと待っているだけだ。

日本の歴史の中で、こんに「権力」が幅をきかせた時代は未だかつてなかったように思う。江戸時代だって、庶民はもっと自由だった気がする。そんな中で、はぐくまれた神が「牛頭天王」であると思っている。この自由の神を殺したのは、明治政府だ。この国は、その帝国主義のままだと思う。だから今、反権力の神「牛頭天王」を蘇らせる。

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後半は、ケセランぱさらんのブルースタイムだ。充実のひとときでした。

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次回の旅するカタリは、6月7日(日)午後2時から、同じく、深江橋スペースふうらです。お待ちしております。多分、ピヨピヨブルース第二弾をお送りいたします。

 

 

大晦日 融通念仏 供養

本来、大晦日の融通念仏というのは、例えば一人で百八回、般若心経を唱える所を、二人なら五十四回、十人なら10.8回=11回、百八人いれば、1回で済むというものなんだが、私の場合は、逆で、集まった人の数だけ供養の回数が増えると考えている。

まあ、回数なんて、こだわる必要もないといえば、そうなのだが、終わらないパレスチナでの虐殺や、ウクライナでの戦争等々、2025年の一年間でいったいどれだけの人間が殺されたのかと思うと、少しでも多くの供養が必要だと思ってしまう。そして、供養は遡って、資本主義的帝国の犠牲者にも及ばなくてはならないし、日本に限っていえば、大和朝廷にまでも遡って、虐げられた人々のことを思い起こして、供養するべきだと思う。家の神様は、土蜘蛛であり大嶽丸でありアテルイであり牛頭天王であるからだ。

そうして、2025年大晦日の念仏の参加者は自分を含めて6名。六千念仏を供養させていただいた。

 

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そして、

皆様、2026年丙午「おめでとうございます」は予祝の言祝ぎである。

私の仕事は、過去には供養、現在には感謝、未来には予祝ということになっております。本年も宜しくお願い申しあげます。